鳥蔵 宇山新吾大将

匠とは

貫き通す信念と
順応する柔軟さ

師の教えをただただ守り継ぐのは「自分」がない
流行や絢爛ばかり追い続けるのも「自分」ではない

本質は何か
求められるものは何か
常に思案しながら歩みを進める

来し方を振り返ったときに
必然で結ばれた人との縁が
太く大きな道となり今へと続いていることに気付く

人との繋がりあっての自分なんや。

匠プロフィール鳥蔵宇山大将
大阪市出身。料理とかけ離れた世界に身を置き事業を営んでいた宇山新吾氏。
料理の道に進んだきっかけは、自ら常連客として通い、後にその店で
焼き台に立つことになる心斎橋の「鳥蔵」先代大将である故田那邊八郎氏
との出会いだという。修業中は田那邊氏が鳥を焼く姿を見て技術を盗み
実技指導を直接受けることは一度も無かったと話す。2016年に心斎橋の
「鳥蔵」大将に就任し、その後2024年に新地本通りで「鳥蔵」大将に就任
した鳥の匠「宇山新吾」氏に話を伺った。


宇山新吾氏にインタビュー

■料理の道を進んだきっかけ
実は子供の頃から大人になるまで料理人の世界とは無縁だったんです。
この「鳥蔵」というお店は、心斎橋で先代の大将が最初に開いたお店で
僕はそこの客としてよくお店に顔を出していたんです。
その頃は自営で古物商をやってたんですが、
ちょうど会社を畳もうと思ってた
ときに大将から突然、
「わし来年この店を東京に持って行くから、ここ継げ」
と言われたんです。大将が東京へ行く時期はもう決まってて
自分は全く料理の経験はなかったけど、もう全力でやってやる、
やったらなんとかなる!そう信じて料理の道へ飛び込んで
1年2年、そのまま続いて結局今年で10年になりました。

■修業について
大将の下での修業中はほんまに朝から晩まで無休で必死でやりました。
それはそれはもう、厳しかった。

修業て言っても、大将が焼くのをずっと後ろから見るだけ。
全然焼かせてくれない。
炭の並べ方、火の熾し方、焼き方。全て見て覚えろです。
だからビデオ撮りましたよ。
せせりはここでひっくり返す。タイミングも全部見て覚えました。

大将はヘンコツの頑固ジジイ。
店の中でお客さんが電話してたら「帰れ!」
お客さんから、ちょっと変な味するなと言われたら「ほなもう帰れよ!」
と言い返すぐらいどこまでも自分を貫く人でした。
お客さんに対してもそんなんやから、僕ら身内にはもっと厳しいです。
ゴマをするときの棒あるでしょ、それで僕の手をバチっ!ってやるんです。
昔はそれが普通やったけど、僕が店継いだら同じことはやったらあかん。
今の時代に合わないところは変えよう、と思って見てました。

もちろん大将から引き継いでるものはいっぱいあります。
技術的な所もそうですし、とにかく店を綺麗にするところとか。
あとは秘伝のタレ。
半分足して半分足して使ってきたから、今でも大将の味がここに残ってます。

匠プロフィール鳥蔵宇山大将

■こだわりについて
心斎橋の鳥蔵のときからずっと同じで朝挽きの大山地鶏を使ってます。
備長炭で焼くとめちゃくちゃジューシーになるし、甘味も出ます。
お客さんからは肉が柔らかいねと喜んでもらってます。

あとうちのお店では器や料理をお花で飾りません。
「映え」のためにいかに綺麗かを目指されるお店もありますけど
うちは昔のままの焼鳥を塩で召し上がってくださいというスタイルです。
ここ北新地にはかしこまれる店はいくらでもある。
美味しさありきで、肩ひじ張らずまた来たいと思える店づくりにこだわってます。

■うれしい瞬間について
「やっぱりこの味や!おいしいありがとう!」
ってお客さんから言われるのが一番うれしいですね。
あとは美味しいことにプラスアルファできちんとしないとあかんと
思うのが人付き合いです。北新地のお客さんは特にそういうところを
厳しく見られてると思います。
お礼であったりお詫びであったり、とにかくきちんとやる。
お店に来てもらったら絶対に次の日にお礼の電話を忘れない。
最後はハートとハートのぶつかり合いですわ!

匠プロフィール鳥蔵宇山大将

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